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計算物理とは、実際に実験する代わりに、コンピューターの中に仮想されたモデルを用いて、これが自然法則に基づいて変化するとどうなるかを、数値計算の実行、すなわちコンピューターシミュレーションによって解析する学問領域です。私たちの研究室では、精密科学の目指す、「ナノ~原子スケールの生産技術」の開発を支えるために、量子力学に基づくシミュレーションプログラムの開発や、開発したプログラムを用いた電子・原子・分子の振る舞いを調べる研究を行っています。これに基づいて、実験だけではなかなか明らかにできない原子・分子レベルの物理現象を明らかにし、ナノスケールの電子デバイスの設計や製造プロセスの提案・開発にチャレンジしています。
多くの原子・電子を扱うシミュレーションが高速に実行できるようになれば、あたかも実際の自然現象を「観察」するかのような仮想顕微鏡ができあがります。この「未来の顕微鏡」の実現のためには、基礎理論の発展とスーパーコンピューターの能力向上とともに、新しい考え方に立った計算手法の開発が必要です。私たちは、「オーダーN法」と呼ばれる大規模・高速計算手法を独自の考え方に基づいて開発しています。また、電子状態の時間変化を正確に追跡するための計算手法や、多くの電子から成る系の電子状態計算を、正確かつ高速に行う方法についても研究しています。非常に多くの電子・原子が関与する生体反応のシミュレーションが実現できれば、コンピューターの中の顕微鏡が生命の神秘を解き明かすかもしれません。
原子サイズの系では、配線の長さに比例しない電気抵抗や原子の周りを周る渦電流など、マクロな系では見られなかった現象が発現します。私たちが新たに開発した実空間差分法による第一原理計算プログラムを用いれば、金属原子や有機分子が繋がってできたナノワイヤーにおける電子の流れやすさを正確に予測したり、電流の分布を観察したりすることができます。このようなシミュレーションプログラムの開発により、ナノスケールの隙間を流れるトンネル電流や半導体デバイスの絶縁薄膜を流れるリーク電流の解析、ナノスケール構造体の持つ新機能の探索が可能になりました。シミュレーションの結果を基に高機能ナノ電子デバイスやスピントロニクスデバイスが開発できれば、次世代の超小型・超高速・低消費電力コンピューターの開発に役立つと期待しています。